CHRONICLE

1984

JOHNNY THUNDERS
1月、JOHNNYはSUSANNEとスウェーデンに滞在。

2月9〜11日、GREENHOUSE SYUDIOで、TONY JAMESと共に 『L.A.M.F.』 をリミックス。

同月、NEW ROSEからシングル 「HURT ME」 をリリース。

3月10日、JOHNNYはパリで映画の撮影を開始。架空のバンドのメンバーとして、JERRY NOLAN、BILLY RATH、HENRI PAULも参加。

3月19〜20日、WALTER LUREを除く再結成HEARTBREAKERS、パリでギグを行う。

3月22〜23日、WALTER LUREがバンドに合流し、ノッティンガムでギグ。

3月25日、再結成HEARTBREAKERS、LYCEUM BALLROOMでライブ・レコーディング。しかしJOHNNYは開演前、すでにウォッカをダブルで8杯たいらげており、とてもマトモにプレイできる状態ではなかった。

3月28・30日、TONY JAMESと共にESSEX STUDIOでLYCEUMのギグをミックス&オーバー・ダブ。JOHNNYはビデオ化される事も忘れてダビングしまくったため、JOHNNYが弾いていない時もギターが鳴り響く・・・という有様となった。

4月1日、スウェーデン・ツアーがJOHNNYの労働許可証がおりずに中止となる。

4月5〜8日、フィンランドで4回のギグ。WALTER LUREに替ってMICHAEL THIMRENが参加。この時の演奏は 『PLAY WITH FIRE』 というブートで聴ける。

5月、パリのGIBUS CLIBでギグ?。

6月14・15日、マドリッドで60分間のTVロック・ショー 「La Edad De Oro」 の収録。SYLVAIN SYLVAINが参加し、いつもよりも多めにNEW YORK DOLLSの曲をプレイ。

6月18日、ストックホルムのギグでHANOI ROCKSがJOHNNYをサポート。

6月19日、STOCKHORM CLUBでギグ。

6月21〜25日、フィンランドで4回のギグ。

8月、パリで映画の撮影。

8月17・18日、オランダでギグ?。

8月20〜24日、MARQUEEで5日間にわたる 「THUNDERS WEEK」 ギグ。JOHNNY、JERRY NOLAN BILLY RATHの3人で出演。この時の演奏はブートCD 『FUCK OFF MARQUEE』 で聴ける。

8月22日、313 STUDIOでPATTI PALLADIN、JERRY NOLAN、BILLY RATH、JOHN PERRYと 「CRAWFISH」 のためのリハーサル。

同日、ビデオ 『DEAD OR ALIVE』 のためのインタビュー。

8月26〜29日、ロンドン〜ノッティンガム〜リーズ〜マンチェスターでギグ。

8月31日、アイルランドのダブリンでギグ。

9月2日、ロンドンのDINGWALLSでギグ。

9月10〜16日、ノルウェー、スウェーデン、デンマークをツアー。

10月、JOHNNYは新しいバンドを結成。TERRY CHIMES(Ds)、KEITH YON(B)、DICK TRUEMAN(G)。

10月11日、HANOI ROCKSとのUKツアーをスタート。

10月19日、グラスゴーのNIGHT MIVESでギグ。

10月23日、PORTSMOUTH POLYでソロ公演。

10月26日、ダブリンのTV CLUBでギグ。

10月27日、BELFAST QUEENでギグ。

11月、ヨーロッパ・ツアーを前に、ドラマーがTERRY CHIMESからTONY ST. HELENEに交代。

11月2〜10 スウェーデン、14日 スペイン、19〜21日 イタリア、28〜12月8日 フランス、というツアー・スケジュール。

さらに12月9日 オーストラリア、12・13日 スイス、14〜21日 ドイツ、22日 ベルギー、とツアーは続行。ドイツではTVショー 「FORMULA ONE」 「MUSIC KONVOY」 を収録。
1985

JOHNNY & THE BLACK CATS
1月11・12日、スイスでツアーを再開。

1月17〜20日、スペイン。

1月24日、日本でのギグのため来日。SUSANNE同伴で10日間滞在し、全11回のギグを行う。

1月25日、 高知県民文化会館グリーン・ホール
1月26日、 福岡大手門会館
1月27日、 高松オリーブ・ホール
1月28日、 大阪毎日ホール
1月29日、 名古屋グレートフル・ユッカ
1月31日、 東京ツバキ・ハウス
2月1日、 東京ツバキ・ハウス
2月3日、 東京読売ホール

3月、ロンドンのTIN PAN ALLEY STUDIOでKEITH YON、TONY ST. HELENE、STEV VATORS、MICHAEL MONROEとデモをレコーディング。このうちの5曲はブートCD 『COUNTDOWN LOVE』 で聴ける。

4月1〜3日、ニューヨークのIRVING PLAZAでギグ。DAVID JOHANSEN、SYLVAIN SYLVAIN、ARTHUR KANEが参加。

4月8日、IRVING PLAZAでギグ。WALTER LUREが2曲で客演。

6月13日、パリでJOHNNYのソロ公演 (アコースティック・ギグ?)。

6月18日、新作スタジオ・アルバムの話が持ち上がる。JOHNNYは最初ミニLPを出したいと考えていたらしい。

6月27日、KEITH YON、TONY ST. HELENEと共にCROYDON UNDERGROUNDでギグ。

7月1〜5日、短期間のU.K.ツアー。エジンバラ〜ニューキャッスル〜マンチェスター〜ロンドン。

7月14日、ロンドンのMARQUEEでギグ。

7月26〜28日、カナダでギグ。

8月1〜3日、BRENT BLACK MUSICIAN'S CO-OPでレコーディングのためのリハーサル

8月8日、WEST 3 STUDIOでアルバム 『QUE SERA SERA』 のレコーディングを開始。

8月12〜15日、同スタジオでレコーディング。

8月20〜23日、同スタジオでレコーディング。22日にはゲストのMICHAEL MONROE、STEV BATORS、DAVE TREGUNNA、NASTY SUICIDE、JOHN PERRY、PATTI PALLADINらが合流。WILCO JOHNSONは後に遅れてレコーディングに参加。

8月27〜30日、WEST 3 STUDIOでミックス・ダウン。

9月13日、「Blame It On Mom」、「Tie Me Up」 のファイナル・ミックス完成。「Talk About Me」 はアウトテイクとしてお蔵入りに。

10月、この時期USツアーが予定されていたが、JOHNNYが自動車のドアに指をはさまれケガを負ってしまい、大部分がキャンセル、又は延期される。

10月28日、JUNGLEからシングル 「CRAWFISH」 リリース。U.K.インディー・チャートでトップ5入り。

11月、MATT KELLETというギタリスト(誰?)がジョニーのバンドに参加。

11月8〜11日、オランダ・ツアー。

11月25日、JUNGLEから7年ぶりのエレクトリック・スタジオ・アルバム 『QUE SERA SERA』 リリース。

12月11〜15日、スウェーデン・ツアー。

12月17〜19日、フィンランド・ツアー。
1986

JOHNNY & JIMMY
2月、延期されていたUSツアーは、13日のフィラデルフィアを皮切りにスタートと変更された。

JOHNNYはSYLVAIN SYLVAINにツアーに参加するよう口説きに入る。そしてMATTはバンドを去ってしまうが、結局SYLは誘いには応じずバンドは3ピースでの活動を余儀なくされる。

3月3日、ピッツバーグのDECADE CLUBでギグ。

4月26日、PATTI PALLADINとKEN THOMASによって 「Short Lives」 がリミックスされる。JUNG 27としてシングル・リリースが予定されていたが見送られ、後にCD 『QUE SERA SERA』 のボーナス・トラックとして発表された。

5月、DENMARK STREET STUDIOで、日本人ロカビリアンJIMMY KURATAのアルバムをプロデュース。JOHNNYは1曲でギターを弾いた。他に、JERRY NOLAN(Ds)、GLEN MATLOCK(B)、BOB ANDREWS(Key) 等が参加。8月に日本で発売された。

5月13日、ロンドンのDINGWALLSでギグ。バックはJERRY NOLAN(Ds)、GLEN MATLOCK(B)、LONDON COWBOYSのBARRY JONES(G)。

6月28日、ストックホルムのHARD ROCK CAFEでギグ。

7月5日、JOHNNY、JERRY NOLAN(Ds)、GLEN MATLOCK(B)、BARRY JONES(G)というメンバーで来日。7・8日 東京 日本青年館、9日 京都 シルクホール、10日 東京 ツバキハウス。

9月10日、2週間のオーストラリア・ツアー。

11月6〜14日、スペイン・ツアー。
1987

1月7〜20日、GLEN MATLOCKの替りにARTHUR KANEを加え、U.S.A.東海岸ツアー。この時JERRY NOLANはスタジオ・アルバムの制作を強く希望していたという。

2月17日、MATRIX STUDIOで 「ShortLives」 をリミックス。

2月19日、REMAXIMUM STUDIOでシングル 「QUE SERA SERA」 のレコーディング。GLEN MATLOCK(B)、DAVE MACKINTOSH(Ds)、PATTI PALLADIN、J.C. CARROLLが参加。

2月21日、同スタジオで 「QUE SERA SERA」 をミックス・ダウン。

このシングルのレコーディング中に、JOHNNYとPATTIはカヴァー・アルバムの構想を打ち出す。

4月4日、ロサンゼルスのTHE ROXY THEATERでギグ。

5月8日、JOHNNYはロンドンでアルバム 『COPYCATS』 のための準備を始める。

5月11〜15日、GLEN MATLOCK、J.C. CARROLL、DAVE MACKINTOSHと 『COPYCATS』 のためのリハーサルを開始するがJOHNNYとPATTIは、さらに多くのミュージシャンとのセッションを望んでいた。

5月21日、FALCONIER STUDIOで新たにセッション・ミュージシャンを集め、リハーサル無しでレコーディングをスタート。

6月17・18日、PATTI PALLADINによってオーバー・ダビングされる。

7月20〜24・27日、多くのセッション・ミュージシャンによってオーバー・ダビング。

7月28日、JOHNNYがボーカルをオーバー・ダビング。

8月2日、JOHNNYはレコーディングを終え、ストックホルムへ。

8月9〜11日、15〜17日、20〜23日、セッション・ミュージシャンによるオーバー・ダビング。

9月1〜5日、8〜11日、14〜18日、さらにオーバー・ダビング。

10月1・2日、パリのGIBUS CLIBでギグ。

10月4〜6日、『COPYCATS』 の5曲分のファイナル・ミックスが完成。

11月29日、ブリストルでU.K.ツアー開始。以後、マンチェスター、リーズと続く。

12月2日、ロンドンのTOWN & COUNTRYでギグ。

12月3〜5日、ニューキャッスル、グラスゴー、リバプールでギグ。

12月13〜15日、アルバム 『COPYCATS』 のファイナル・ミックスがすべて完成。
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