CHRONICLE

1975

HEARTBREAKERS Mk.1
4月11日、JOHNNYとJERRYは、2日前にTELEVISIONをやめたばかりのRICHARD HELLを誘い、HEARTBREAKERSを結成。

5月29日、ニューヨーク州クイーンズで、HEARTBREAKERSとして最初のギグ。

6月、元DEMON'SのWALTER LUREが、ギタリスト兼ボーカリストとしてバンドに加入。

6月25日、CBGB'SにてWALTER LURE加入後初めてのギグ。

7月7日、CBGBにてWALTER加入後2度目のギグ。これは 『WHAT GOES AROUND』 というレコードで聴ける。

8月、NEW YORK DOLLSとMERCURY RECORDSとの契約が、正式に終了する。

11月16日、ニューヨークのMOTHERSでギグ。このうち3曲は後に 『WHAT GOES AROUND』 に収録。

1976

1月、SBSスタジオにて、16トラックの機材によるデモ・レコーディング。RICHARD HELL名義のカセット 『R.I.P.』 に3曲が収録されている。

6月、RICHARD HELLが脱退し、替りにフロリダでジゴロをやっていたBILLY RATHが加入。

7月23日、BILLY RATHを加えた最初のギグがMAX'S KANSAS CITYで行われる。

9月、バンドのマネージャーとしてLEE BLACK CHILDERSを迎え、メンバーはそれぞれ個々に5年契約を結ぶ。

10月24日、MAX'S KANSAS CITYでギグ。

12月、SEX PISTOLS、THE DAMNED、THE CLASHとのANARCHY TOUR参加のため、バンドは労働ビザ無しでイギリスへ。その結果、入国の際に発起人のMALCOLMは、かなり入国審査局にアタマを下げたという。

当のJOHNNYたちは、その日のうちにドラッグの調達に成功するが、彼らがイギリスの若いバンドにドラッグをもたらしたとして後に非難される事となる。

12月9日、マンチェスターのELECTRIC BALLROOMでギグ。

結局ANARCHY TOURは度重なるトラブルの挙げ句に中止に追い込まれてしまうが、HEARTBREAKERSは単独でLOXY CLUBなどでギグを行う。

この時期DJのDON LETTSによって撮影された映像は、後に 「PUNK ROCK MOVIE」 で陽の目を見る。

年末、EMI、SKYDOGといったレーベルからの引き合いもあったが、TRACK RECORDSがバンドとの契約に乗り出す。
1977

2月22日、デビュー・アルバムのためのデモがESSEX STUDIOでレコーディングされる。そのうち3曲は82年に 『VINTAGE 77』 としてリリース。

3月15日、SPEAKEASYでギグ。この日は 『L.A.M.F.』 のレコーディングのためのウォーミング・アップ(!)だったそうだが、82年に 『D.T.K.』 としてリリースされた、HEARTBREAKERS絶頂期の名演。

その勢いのままにバンドはESSEX STUDIOに入り、「Can't Keep My Eyes On You」、「Get Off The Phone」、「Let Go」、「I Wanna Be Loved」、「I Love You」 をレコーディング。

その後RAMPORT STUDIOに移り 「Goin' Steady」、「Baby Talk」、「Do You Love Me ?」、「Born To Lose」、「Chinese Rocks」、「Pirate Love」、「It's Not Enough」、 「One Track Mind」 をレコーディング。

3月22日、RAMPORT STUDIOで 「Baby Talk」、「Goin' Steady」 など5曲をミックス。

3月29日、同スタジオでさらに数曲をミックス。

4月13日、TRACK RECORDSと、3年間/年に2枚のアルバム・リリース(!)という契約を結ぶ。

5月16日、オランダ、ベルギー、フランスをツアーした後、バンドはアルバムのミックス作業に戻る。 OLYMPIC STUDIOで 「Get Off The Phone」 をミックス。

5月19日、同スタジオで 「Goin' Steady」 をミックス。

5月24日、TRIDENT STUDIOで 「Baby Talk」、「Goin' Staedy」 をミックス。

6月1日、RAMPORT STUDIOへ戻り、「One Track Mind」、「It's Not Enough」 をミックス。

6月3日、リーズのホテルで、ピストルを持った変質者がおこした騒動に巻き込まれ、バンドはリーズ警察によって調書を取られる。 この時のフィンガープリント・ファイル(指紋)は後に 『L.A.M.F.』 のバック・カヴァーに使用された。

6月5日、RAMPORT STUDIOで 「Baby Talk」、「Goin' Steady」 をミックス。

6月7日、「Do You Love Me」、「Pirate Love」 をミックス。

6月10日、「I Love You」、「Let Go」、「Can't Keep My Eyes On You」 をミックス。

6月11日、「I Love You」、「Let Go」 をミックス。

6月22日、「One Track Mind」、「It's Not Enough」、「I Love You」、「Do You Love Me」 をミックス。

7月2日、「Pirate Love」、「Let Go」 をミックス。

7月4日、BUZZCOCKSと共にVORTEX CLUBのオープニング・ギグ。

7月22日、RAMPORT STUDIOで 「Baby Talk」 をミックス。

8月16日、JOHNNYはJULIEという女性と結婚。

9月10日、ADVISION STUDIOで 「Baby Talk」、「Going Steady」、「One Track Mind」 をミックス。

9月15日、同スタジオで 「Baby Talk」、「Goin' Steady」 をミックス。

10月3日、ファースト・アルバム 『L.A.M.F.』 のプロモーション・ツアーを開始。しかしアルバムのファイナル・ミックスに不満を持ったJERRY NOLANはバンドを脱退してしまう。SEX PISTOLSのPAUL COOKがとりあえず代役を務めるが、その後、雇われメンバーとしてJERRYが復帰。

11月、雇われメンバーとしてのJERRYも本格的にバンドを去ってしまい、THE CLASHのTERRY CHIMESが代役としてドラマーの座に就く。

同月、VORTEX CLUBでギグ。

11月26日、オランダのARNHEMでギグ。

12月8日、パリのBATACLAN JEUDIでギグ。この様子は 『VIVE LA REVOLUTION !!』 で聴ける。

12月13日、RIVERSIDE STUDIOでCBSへのデモをレコーディングするが、契約には至らず。

同月、JOHNNYをロンドンに残し、WALTERとBILLYはクリスマス休暇のためニューヨークへ帰国。
マネージャーのLEE BLACK CHILDERSもJOHNNYのもとから去ってしまう。
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