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83〜86年頃までジョニーのアナログ盤(主にJUNGLE音源)を国内リリースしていたSMSレコーズが制作した、85年初来日公演のライヴ告知。
10日間で全10公演という、かなりハードなスケジュールだった事が確認できる。
しかも、初日とツバキはダブルヘッダーという凄まじさ。以下に詳細な日程を記しておく。 1月25日 (金) 高知県民文化会館グリーン・ホール (5:00 / 7:00) 1月26日 (土) 福岡大手門会館 (6:30) 1月27日 (日) 高松オリーブ・ホール (6:00) 1月28日 (月) 大阪毎日ホール (6:30) 1月29日 (火) 名古屋グレートフル・ユッカ (7:00) 1月31日 (木) 東京ツバキ・ハウス (7:00 / 10:00) 2月1日 (金) 東京ツバキ・ハウス (7:00 / 10:00) 2月3日 (土) 東京読売ホール (6:30) |
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これまた初来日時のものだが、福岡公演の告知用。 当初予定されていた大手門会館から、大博多ホールに会場が変更されている。 ちなみに当日、JOHNNYはリハーサル時にメンバーと取っ組み合いのケンカをしたらしく、 顔面に血が付いたままステージに上がったとか。(画像及び情報を提供して頂いたHIRO殿に感謝いたします) |
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86年、2度目の来日公演の際7月8日に会場で配布された、今で言うフライヤー。 追加公演が翌々日のツバキに決定し、その告知用に配られた。 当日の会場だった日本青年館のロビーの長イスに、当時まだゼルダで ベースを弾いていた小嶋さちほさんが座っていたのを覚えている。キレイな方でした。 |

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やはり86年の日本青年館で売られていたバッジ。直径33ミリ。 ビデオ 『DEAD OR ALIVE』 のロゴを配したデザインが実にカッコいい。 Tシャツも買ってきたのだが、着古した挙げ句に何処かへ行ってしまった。 確かこのバッジは250円ぐらいだったと思う。 |
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88年、3度目の来日を告知した雑誌広告。「ロッキン・オン」 に載っていたもの。
そうか、COSA NOSTRAってバンドだったっけな。あの時は。 (コピー) 「ジョニー・サンダースが、そのバンドを一新して三度来日を果たす! もとスナッチの女性シンガー”パティ・パラディン”参加の新作をひっさげて!」 (筆者注)でもひっさげて来なかった。 |
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88年頃、JUNGLEが出したボックスセット 『ALBUM COLLECTION』 に入っていたバッジ。 日本にありがちな安全ピン方式ではなく、イギリス式のピン・タイプ。直径1インチ(25.4ミリ)。 この方式だと、革ジャンのエリに付けた時にバッジがブラブラせず、カッコよくキマるのである。 |
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77年にTRACK RECORDSが作ったプレス・キット。撮影はボブ・グルーエン。 ウォルターのサイン入りで、本人から直接もらったという人物から入手。 ジョニーがギターを持っていないという事は、「Do You Love Me ?」 演奏中か? |
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2000年4月23日、「SKYDOG ルーツ・オブ・ガレージ・ロック・シリーズ」 としてCD5種がリイシューされた際に制作されたプロモ・カセット。
音楽誌等へのレビュー執筆用にライターなどへ配られたものと思われる。 ジョニー・サンダース&ザ・ハートブレイカーズ / ヴィヴ・ラ・レヴォリューション / COCB-50271 ジョニー・サンダース&ザ・ハートブレイカーズ / L.A.M.F. アウト・トラックス / COCB-50272 ニューヨーク・ドールズ / パリ・バーニング / COCB-50273 ニューヨーク・ドールズ / エヴィル・ドールズ / COCB-50274 ギャング・ウォー / ストリート・ファイティング / COCB-50275 |